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           メール・マガジン

      「FNサービス 問題解決おたすけマン」

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    ★第131号       ’02−03−29★

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     良くない集団     

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●<腐ったリンゴ>は

 

<樽>から棄てろ、とばかりムネオ氏を見切った自民党は、さすが永年

の第一党、<他責文化の日本>をよく代表しております。 しかも

 

離党させただけ、辞職は本人任せ。 <比例>の意義からすれば、離党

即ち議員失格でなきゃオカシイのだが、「そういう制度だから、、」と

福田官房長官。 じゃ、その制度自体、オカシイんじゃないか、、

 

とシロートは思うが、なりたい一心で議員になったムネオ氏は思わない。

あの<涙の記者会見>では、悪いことしていた認識など無かったと言明。

そりゃアタリマエさ、知って悪事を働くんじゃ確信犯だもの。

 

しかし実際、したことは良くなかった。 悪いことするのに呵責を感じ

ないことこそ、本質的<悪人>の証明です。 語るに落ちた彼、そこに

気付いているのやら?  いや、分かっちゃいないだろうねえ、、

 

 

前から<ワル>、<ダーティ>という煙が立っていたのだから、まとも

な組織なら、ずっと早く何らかの形で火の元を絶っていたはずだろうに、

そこは永田町、彼および一味の跳梁跋扈を長らく許して来ました。

 

彼の行動は本人単独の発想に基づくだけでなく、<集団の意思>が彼を

働かせた結果でもある。 教養に邪魔されない行動力のせいで、限度を

越えたことしばしば。 それは党上層部も承知していたに決まっている。

 

ならば彼喚問の機会は、それを<承知していなかった>人々本位に与え

られるべきでした。 与党の質問で時間の大半を費やすなんて論外です。

それは、たとえれば事件を起こした暴力団員を兄貴分が調べるような話。

 

組に不都合な証言を引き出すわけが無い。 もし同席するなら、兄貴は

質問責めに遭う彼の後ろに控え、彼が答えに窮する時は代わって答えて

やるのが仁義。 なのに厚顔無恥、ただの馴れ合い劇にしてしまった。 

 

組長?小泉氏は「裁判じゃないんだ」とのたまわったが、だから形式的

で良い、というものじゃなかろう。 野党には問題の大きさに不相応な

短い時間しか与えず、質問の仕方などにも色々な制約を課したのは、

 

よほどヤマシイから、だったに違いありません。 小泉氏のポーカー・

フェース的<平然>が頼もしく見えた日が今は懐かしい。 本当にブチ

壊してくれるのかね、自民党を?  まず隗より<変え>始めよ!

 

*   *

 

だが、可能だろうか? 民主的選挙制度の下、国民多数が安定的に支持

して来た自民党は、国民という<集団>の意思を集約した存在、だった

(未だ過去形には出来ないが、、)のですから。

 

選ぶ側のレベルに見合った政治家しか生み出せない、という民主主義の

原理を逆にたどれば、彼らのありようは、また<彼>の行為は、従って

我々自身の反映でもあったわけ。 その彼らを

 

誹ったり呪ったりするのは間違い、<彼>共々<謙虚に反省>すべきで

しょう。 道理を外れ、現世的欲望に走りすぎたなあ、我々も、と。

 

焼け跡から立ち上がって半世紀間、我が民族の<集団の意思>は物質的

向上にのみ集中、精神性をおろそかにして来ました。 <彼>が反省の

手がかりを提供してくれたことに、むしろ感謝すべきかも。

 

こんな機会でも無かったら、自分たちを支配している<意思>に気付く

ことは滅多にありません。 普段は無意識、そのものになってしまって

いるのですから。

 

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●三人寄れば文殊の知恵、

 

と申しますが、寄る人数が多いほど良い、というものではなさそうです。

かなり大規模な<集団>(たとえば<党>も)になると、かえって知的

劣化が生じます。 たとえば<群集心理>、愚かさの代名詞でしょ?

 

何故そうなる? について先駆的業績を残したのはフランスの心理学者、

ギュスターブ・ル・ボン(1841-1931)。 群衆の知的、道徳的劣等性

を強調し、群衆心理は衝動的、激昂的、軽信的、妄動的、被暗示的だ、、

 

と見なしたことで有名、と注釈にありました。 その本は、私が岸田秀

教授に勝手<入門>する糸口となった、伊丹十三との対談共著「哺育器

の中の大人」。(朝日出版社 1978年)  p.237 以降の記述によれば、

 

フロイトも論文にル・ボンの説を盛大に引用して、「集団は事の真偽に

ついて疑問を持たない」と決めつけ、集団を悪として捉えていたという。

 

 

ヨーロッパ人の個人主義的規範で測るため、集団が望ましくない性格を

持ったものに見えてくるわけ、と説明する岸田教授に伊丹氏が訊きます。

 

「なぜ集団になると、一番底に隠れていたものが出てくるんですかね」

すると教授、「、、一つの共同幻想によって結びつく場合、、みんなが

持ってるものでなければ共同化できないわけですね、

 

そして、すべての人が共通して持ってるものというと、必然的に程度の

低いものになるわけです」 <低質>さで結合し、その中で<低質>さ

を特に<明確にし>た人が、特に大きな力を揮うことになり、

 

それが外務省という<エリート的保身傾向>集団の低質部分を直撃した

結果、相乗作用的に<売国>へ走り、歯止めが利かなかった。 しかも

時間的には昨日今日のことでなく、空間的には北の海から赤道の彼方、、

 

と、永田町や霞ヶ関では周知だったのに、前外相の<伏魔殿>発言まで、

誰も手を下そうとはしなかった。 党は党、省は省、どれも<同質者の

集団>。 ムジナ同士だから共食いしないのを、彼女は<異質>だった

からガブリ! 方法の善し悪しはともかく、それが正解ではありました。

 

*   *

 

つまり集団の狂気や悪に歯止めをかけるのは、<異質>の存在。 この

たびの大騒ぎで、それがよく分かりました。 さらに<同質>の中でも

<古いタイプ>が良くない。 保菌者みたいなものですからな。

 

腐ったリンゴだけ放り出せば、残りのはOKか? 同じ種類、同じ特性、

たまたま腐敗の程度か外観が違うだけかも。 リンゴを腐らせる特性が

<樽>自体にあった、とも言えます。 だから、

 

腐敗はいつでも生じ得る。 なら、防腐剤、即ち<歯止め>の仕掛けが

必要。 それには、志を同じくする集団<党>に<異質>の存在を許す

ことです。 大切なのは度量、包容力。 おおらかな、神様のような、、

 

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●N.D.ウォルシュの

 

「神との対話」3部作(サンマーク出版 1997年〜)はユニークな本で、

その<神>様は包容力絶大、一読たちまち私は信者?になってしまった。

また<わたし>の素朴な質問も気に入りました。 たとえば、(第2部)

 

 どうして、ヒトラーのような人間が天国へ行けるんですか? (p.62)

 

あんな悪者が、と<わたし>は思いこんでいるから。 すると<神>様、

 

 第一に、彼は地獄には行けない。 地獄というものがないからだ。

 

そんなもの作らなかった、と。 だから行く先は一つ。 悪者でない人

の行く先が天国なら、ヒトラーだって、、 と。 でも<わたし>には

合点が行かない。 重ねて訊きます。

 

 どうしてヒトラーは天国に行ったのですか? (p.88)   すると、

 

 ヒトラーは、何も「間違った」ことをしなかったからだ、、ヒトラー

 は自分らしく行動した、それだけだ。 念のために言うが、何年もの

 あいだ、おおぜいのひとたちが、彼は「正しい」と思っていたのだよ。

 

 本人がそう思うのは当然ではないか?  あなたが狂気じみた考えを

 思いついたとしても、それに一千万人が賛成したら、あなたは自分を

 狂人だとは思うまい。

 

 どんな者でも、自分なりの世界モデルにてらせば、何も間違ったこと

 はしていない。 ヒトラーは同胞のために善行を行っていると考えて

 いた。 それに、彼の同胞もそう考えていたのだ! それこそが狂気

 なのだよ! 国の大半が、彼に同調したのだ!

 

ムネオ氏も、<彼の基準>では正しいことをしていたに違いないのだし、

彼を働かせた人たちはもちろん、献金はしたけれども彼を告発したりは

しなかった人たちは、要するに<彼に同調したのだ!>。

 

しかし人間同士、目くそ鼻くそ程度の違い。 <他責のムネオ>さんを

責めるのも、また<他責>。  うーむ、だんだん禅問答、、

 

 

<わたし>の語法について<神>様が質問なさる。 <わたし>答えて、

 

 、、魂に小罪を負って死んだ場合には、煉獄へ行くだけです。

 大罪だと、そのまま地獄へ直行です。 (p.74)      すると、

 

 小罪と大罪にはたとえばどんなものがあるのか、説明してくれないか?

 

 ええ、いいですよ。大罪は、、神学的な重罪、たとえば殺人、レイプ、

 盗みです。 小罪は神学的な過ちで、、、むかしなら、金曜日に肉を

 食べたとか。

 

 ちょっと待ってくれないか! あなたがたの神は、金曜日に肉を

 食べた者を煉獄に送るのかね?

 

 ええ。 でも、いまはちがいます。 1960年代はじめから、そう

 ではなくなりました。 以前なら、、、大変なことになったんです。

 

 それではどうして、60年代までは「罪」だったものが、もう罪では

 なくなったのかな?

 

 法王様が、もう罪ではないとおっしゃったからです。

 

さよう、誰か力のある人が何か言えば、それまでの基準がひっくり返る。

人間世界、全くいい加減なものです。

 

*   *

 

その<いい加減世界>で包容力を発揮しなくちゃならない。 となると、

少々工夫が要りますね。 で、こう考えるのはいかが? <包容力>、 

 

即ち(和英辞書では) capacity 、即ち(英和で弾き直すと)知的能力。

包容力なき集団は、従って知的能力不足の集団でもある。 ムネオ事件

の経緯を見ると、たしかに自民党も外務省も、知的じゃなかったなあ、、

 

では、 capacity を増し、しかも腐敗や脱線を免れるにはどうしたら?

  もちろん< Rational Process の活用>です。  はい、ご名答。

 

実際の包容力とは無関係、ただシートが指示する順序で着々、まず事実

を追いましょう。 いつもの(同質の)メンバーでは埋められない欄の

情報は、<異質>の人に求めてみましょう。 するとアッサリ提供して

くれたりします。 おお、有り難う!

 

感謝の念が生じた、のは<異質>を受け容れたということ。 その瞬間、

自動的に包容力が、 capacity が、知的能力が、高まった形になります。

 

これが Rational Process の御利益。 格別の努力もガマンも要らない。

 

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あなたがリードする集団は、そのようにして<ワル>を排除し、<賢い

意思>を持つことが出来るでしょう。 もちろん、「おたすけマン」も

控えております、お忘れなく。 

                          ■竹島元一■

 

    ■今週の<私の写真集から>は、★パンテオンで★

 

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